fatimariaの日記

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サイクロン

そうだ。
暴風雨の暴風はルドラ(タルウィ。無秩序。砂漠の熱)であるシヴァ(大自在天)の領域なんだ。
一緒に訪れたりする「雷と雨(タルウィに対する水)」だけがペルシャではシヴァの親玉だった帝釈天(アンリ・マンユ)の領域なんだ。
それでタロットNo.0(サイファ)「愚者」が、ホクマ、コクマの領域なんだ。
 
これは暴風雨がシヴァとインドラ一体型であるという事。
何故なら千手千眼観音は、インドラであり、邪眼のシヴァであり、千手千足のドゥルガーであるからだ。
 
シヴァの頭からは伎芸川が発生する。川は雨という水で構成される。
シヴァには水の属性もある。
破壊の属性のあるものはすべて、シヴァの領域。
 
サイクロンは風で破壊し、雨で破壊し、雷で破壊する。
自転車や扇風機には反応しないのに、バイクに反応するのは、この爆音による「風の破壊属性」がバイクにあるからだ。
男性は「破壊」と聞いて「かっこいい」と考えるものもいるかもだ。
だが、自分の住居や、自分の持ち物や、うまくいってるものや、うまくいってる事を破壊するのは、このシヴァ神なのだ。
 
破壊神は、
恋愛とか、人間関係とか、(運転中でも)バイクとか、車とか、家とか、蓄えた財産とか、仕事とか、遊びとか、遊び道具とか、手段とか、目的とか、快楽とかも壊す。そうすると生き生きする神。
 
かっこいいですか?かっこいいと思うなら崇めたらいい。
でもすべて失うからサイファ(0)と言われている神なのだ。
これはマイナス状態のもの(多額の借金の返済に困るものなど)に崇められるハズの神であって、堅実に進んでいる、生活を持っているものに崇められるべき神ではない。
ただし、返済し終わっても、プラスになる事はない。
それが「0」。
 
爆音は音の波であって、これも弁財天の領域でもある。
光も、音も、水も、風も、時間も、地殻も、波や流れでできているものはすべて、弁財天の領域。
動の女神。
 
帝釈天は仏教では有名だけど、仏教でも火洗トイレの神である金星(アグニ)のシヴァ(0)の方が重要な位置にある。帝釈天はすっかりアクが抜けて、毒気が抜けて、角がとれて、かなり女性的な描写になっている。
千の女陰(サヨーニ)の呪いが効いたのだろう。
悪い事やってて懲りたら覇気がしぼむのだ。弱気。その印が千手の千眼。私は最弱だ って言ったでしょ。
木星である畢宿の氏族はゴータマ。
 
ルドラの嵐の神の属性は、独身童貞少年の火星のスカンダ(クマラ)に引き継がれ、シヴァは世界の破壊者の位置になる。でも梵天同様に、普段仕事は無いので、パールヴァティとセックス三昧なだけの神だ。
アグニの精と元ヴィシュヌ妃で、シヴァ妃のガンガー(ガンジス河)の水から産まれたから、アグニの息子となるハズなのだけど、
火天はシヴァ(つまり金星が破壊神シヴァ)
というのが定説だ。
キリスト教悪魔学でも明けの明星であるルキフェルまたはルシファーが悪魔のトップ。
金星が輝くのは日の沈んだ頃と日の昇る前。
当然金星は太陽の反射光で輝くのだから、太陽よりフォースは小さい。
金星は吹き荒れる風と酸に包まれていても、太陽の常の核反応ほどの破壊力は無い。
当然太陽系はクエーサーとでは比べものにならないほど弱い。
ましてや世界を破壊しようと思ったら、クエーサーどころではない、宇宙よりも大きい破壊力と破壊範囲が必要になる。金星程度の力では不可能だ。
 
限定する、尊厳やプライドを持つ、という事は、力の収縮であって、属性が多ければ多いほど、諦めれば諦めるほど、相殺項目が増えて魔素や魅力が希薄になる。
 
私もひっかかればひっかかるほど怒れば怒るほど角がとれて行き、とっかかりが無い球体に近づいて行く。
とりつくシマも無いというやつだ。
宇宙において、回るのは自然な動作で、これによって球体はできあがる。
ひっかかる部分があるから摩擦が発生する。
戦争もこれだ。
ひっかかる部分が無ければ、摩擦は無い。
球体の石膏像を持ってみると、持っているという事は摩擦が発生している。
「摩擦はある部分を止めようとしている」のだ。それが動力となる。
宇宙ステーションで、手で何かを掴んで、ある方向に進んでいるのを見た事があると思う。
手に摩擦が発生している。手の指を折り曲げる事でとっかかりを作っているのだ。
人間は、指、腕、脚、足、身体、首、など、とっかかりはたくさんある。
心の方はどうだろう?
何か心配事や悩み事がある → ひっかかっている。摩擦が発生している。
感情が発生した → ひっかかっている。摩擦が発生している。
センスが働いた → ひっかかっている。摩擦が発生している。
醜いものを感知する、私はこれが気に入らない。いいものだけ入れたいと思っている。
実は醜いものを感知してひっかかっている間は、まだ醜いものがひっかかる部分が削り取れていない。
ひっかかる部分は一緒に流してしまえばいい。
バイクもひっかかる。
これも引っかかる部分が削り取れていない。
実際とうさんかあさんはバイクの音聞いてもひっかかっていない。ほとんど気付いてもいない。
 
私は
「美しいものにひっかかる」という凹や凸ができていないのだ。
「醜いものにひっかかる」という欠点のあらさがしばっかりしているのだ。欠点にひっかかる凸や凹があるのだ。
凸凹はひっかかったものと一緒に剥がれ落ちるとっかかりで、剥がれると球体に近づく。
いくら美しい写真とかでも、人間は飽きてしまう。
この飽きた状態がとっかかりが剥がれている状態だ。
ドライバーのねじも、とっかかり部分が潰れたら、ねじを回せなくなる。
ねじを動かす動力が発生せず、いくらいいドライバーでも、ドライバーが空回りする。
心にもこういう事が発生している。
アンテナをどういうところに伸ばしているかという事だ。当然伸ばしたアンテナにひっかかる。
私はバイクにアンテナを伸ばした覚えは無いのに、バイクにひっかかっている。
 haゲ
とうさんもかあさんもじいちゃんもばあちゃんもhaゲていないので、haゲる心配が無いので、haゲにアンテナ伸ばした覚えは無いのに、何故か広告はじゃかましい。
これは不毛(リクタ)、傷口を「焼かないといくらでも生えてくる」ヒドラの頭、龍頭、不染宿の柳宿(鬼宿、井宿もある)が配偶者の位置にあるからで、
抗癌剤白血病や、haゲになる病気はいろいろあるけど、広告がウザいのは事実だ。
何故なら私がhaゲるのではなくて、私の配偶者がhaゲ、パイパンである可能性があるからだ。
龍の頭は明けの明星であるルシファーかルキフェルだろう。
 
バイクとhaゲに、ひっかかるように無理矢理傷口のアンカーや釣り針をひっかけられているような感じがする。
つまり、無理矢理空腹にしておいて料理を用意する「不正な広告や宣伝のやり方」だ。
無理矢理欠いておいて満たすものを有料で用意する。
それが「不正な広告や宣伝のやり方」。
お客様が本当に必要かどうかは、売る方にとっては別問題のやり方なのだ。
本当に必要なものを買える商品として用意する。それが商売人として正統で正当でまっとうで堅実なやり方。
宣伝や広告はウザいだけだ。ゴミも、心のゴミも、増えるだけだ。
 
アンカーは、釣り針は、傷つける事でとっかかりを無理矢理作り出し、引っ張る。
これが客を釣る宣伝や広告のやってる事で、
球に近づける為に傷を平らにしようと思えば、
上から傷口を塞ぐのであれば、大きさはそのままだけど、
傷口を削って、磨いて平らにするなら、大きさはどんどん小さくなる。
アンカーなどは縦に刺すから、埋めた方が簡単だ。当然埋めた部分は弱い。