fatimariaの日記

誰からもコメント無いのでコメント停止しました。連絡はメールで。

専門知識もまじえて、みんなが既に幸運である事を説明している。

今週、

アニメの転スラ見た後日、

アニメ「異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術

というのが、紹介イラストのエルフの乳房が魅力的だったので、前々から気になっていて、1話か2話位まで見てみた。

転生メインキャラが職業魔王、名前をディアブロを名乗る男性。でも女性にはちょっぴりシャイ。

で、まあ見たまでは私的には私に異常なかった。

 

しかし次の日…いつもは快活な会社の警備のひとが呆れた様な不快な顔で私を見ていた。

 

私のヒゲが生えて来たからかな?とも思ったけど、

ちょっと青髭出てた位で、汚らしいヒゲボーボーって程でもなかった。

 

他にも何故か私に返事をしないひとも多く、

 

5弱の地震

 

やっぱり、

魔王系統のアニメを見るのも、私のキリスト教徒という立場上、いけない事らしい。

 

普通のひとには影響が無い作品群でも、

私の感覚として私は堕ちてはいなくても、

魔王とか悪魔とか小悪魔とか夢魔とか竜とか龍とか魔女とかの作品に触れると、

やっぱり、

キリスト様か、聖母マリア様か、女神様か、神様か、YHWH様か、

誰かが嫉妬するのか、怒るみたいで、

雷とか大雨とか強風とか地震とか津波とか災害とか事件とか事故とか、

起こるみたいなんだよね。

別に浮気してるつもりは無くて、娯楽としてアニメやテレビ番組を見てるだけであって。

 

そもそもキリスト様が呼び込むのは罪人であって、善人ではなく、自分を非難する者や汝の敵の為に祈るべきであって、

キリスト様は悪魔と言葉をかわしたときにも、悪魔を追い出す事はあっても、悪魔を殺す様な事はしなかった。キリスト教の神は不正のコスモスだからだ。

キリスト教の敵というのはイスラエルの天使サタンなどの悪魔であって、

汝の敵を愛せよというのは、悪魔を愛せよという意味にもなってもおかしくはない。

でも我々キリスト教徒が愛すべき男性形の主、エイス・キュリオスは、

中性形の父なる神や中性形のキリストではなく、

旧約聖書の文から分析するには、YHWH・エロヒーム(男女性?)であって、

それが我々の敵であり、愛すべき方。

エロスも含まれる。

 

我々は我々のそれぞれの天使、我々それぞれの男性生殖器である天使の大魔王のエロスが居る。

男性愛者の女性は自分の恋びとの男根や夫の男根が天使であり大魔王でもあるエロス。

自分の魂(息。呼吸。プシュケー)で性愛エロス(男根)を愛せばいい。

男性の恋愛関わらない性愛のひとは、リビドーのエス様(キリスト。つまり中性形)が直接性愛をもたらす。

 

洗礼である不正(不義)の父なる神である火(プル)(舌)のエン・バプテスマ=イエス・キリストが居る。

 

それぞれの信仰(ニケ。勝利)のミアも居る。

 

愛すべきは信仰ではなく、

父なる神やキリストでもなく、

心のすべて、魂のすべて、思いのすべて、力のすべてで、YHWH・エロヒーム(女男性)(男性主、エイス・キュリオス)を愛せばいい。

エロヒームとは神々とか呪いという意味なので、神々と神々の命と呪いと呪いの命を愛せばいいのだ。

 

運命の強制力(矯正力)を呪いの様に思うひとも居るかも。

呪いや運命を悪いものと決めつけるから、

背負うクロス(十字架、運命、呪い)は、

ただ背負うだけでは重い。とても重い。

 

しかし「ありのままの自分自身」や「自分の運命や呪いや十字架」を受け入れたとき、

とても軽く、むしろ力になってくれる。

 

自分や自分の呪いや自分の運命や自分の十字架の

短所だけ見ずに、

長所を分析し、短所も長所として伸ばす事をしているとき、生き生きと出来る事に、私は気付いている。

 

たとえば、ラッキースケベという性質は俗に聞いたひとも居るだろう。

当名にとってはトラブルなのでとても厄介で困る事かも。

しかし、まわりは、「うらやましい…。」と言う。

短所=長所に気付いただろうか?

 

人間万事塞翁が馬

短所=長所

不謹慎に思うかもだけど、

不幸事=幸事

ラクシュミー=ラクシュミ

 

災害が起こるからこそ、

防災技術が高まる。

人間が失敗して成長する様に、

世界も災害、事件、事故しながら、成長して行く。

 

日本はいい国だ。

みんなは実はとてもうらやましい境遇なのだ。

という事に気付いてほしい。

 

キリストが本来したかった事は罪に苦しむひとびとを「許す事。赦す事。」

つまり七つの悪霊(七大天魔王達)の巣になっているマグダラのマリアの悪霊達を、ほっとけば居心地がいいのでまた来るので、傍に居て追い出す、寄り付かせない事で、

何とか保っているこの世界。

多分私はそういう世界に影響を及ぼす、マグダラのマリアの様な霊媒体質の人柱なのかも。

私に悪霊が入ってしまうと世界に悪影響が起こるのだろう。

 

警備のひとは蔑みの視線で私を責めて、次また近づかない様にと、監視してくれている。

まあ善悪の数値が見えない私からすれば、

その事はバロメーターの様。

 

キリストの善悪天秤、

キリストのくびきから解放…されるのだろうか?

改宗すれば解放されるだろうか?

 

子供の頃は何やってもダメなやつだった。

遅刻は数え切れずするし、

運動もダメ、

勉強もダメ、

友達もダメ、

彼女からも愛されてない、

TVゲームプレイばっかり。

 

でも、

今も勉強はしないし、運動もダメ、友達もダメ、彼女居ない、TVゲームがアニメ鑑賞になっただけだけど、

遅刻はほとんどしなくなった。

学校はやらされてる感で毎日うんざりだったけど、

今の勤務は、お金という報酬や、毎日バイクに乗る楽しみが、きちんとあるので、

毎朝頑張れる。

 

つまり毎朝が楽しくないひとは、

出勤や通学が楽しくなる理由を作ればいいのだ。

通勤通学を「お気に入り」や「推し」で満たしてあげればいい。

 

自転車通学の子は自転車やかばんをお気に入りにすれば毎朝が楽しくなる。

私はバイクのキーを刺すトコが前輪側にあるので、キーを刺している間、お気に入りのキーホルダーがいつでも見られる様にキーを刺すとき整える。

 

雨の日が好きじゃない憂鬱だというひとは、雨具をお気に入りにすればいい。

 

自動車通勤のひとはカーオーディオでお気に入りの音楽を聴く環境を整える。

自動車内を推しで満たす。

 

お気に入りや、推しの為ならお金貯めるのも頑張れる。

 

通勤時間に音楽や文章を聴くのも、タイパを気にするひとも居るけど、

退屈して不安な事ばっかり考えるよりは、

聴く方がいいと思うひとも居る。

他に誰かが居ても、聴いてて楽しい音楽や文章は、満員電車内でも実力を発揮する。

 

憂鬱な休み明けのひとも居れば、

そうやって通勤通学を楽しんで、元気よく出勤、元気よく登校、するひともいるのだ。

 

幻聴「私なんか、大丈夫だ」

私は大丈夫です。