fatimariaの日記

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主(キュリオス。1の男性形エイス。)について。

心(カルディア)、
精神(プシュケー。魂。ネフェシュ。)、
力(イスクス)、
知力(ディアノイア)、

のすべてで愛(アガペー)する相手(主)ってのは、

プシュケー(魂)の夫である、
愛の神である天使エロス(性愛)

の事なんだから、

主(1の男性形エイス。英語で「the Lord」。主は修士課程のマスターや酒場のマスターのマスターじゃない。)
主は天使エロスでしょ?

そうでないとプシュケーは不倫になっちゃうよ?

幻聴「ちょっと待ってくれよ(繰り返し)」

仏教徒は性愛は大魔王カーマとかマーラとかになるけど、仏教徒キリスト教徒じゃないんだからプシュケー(魂)がどうとか関係ないもんね。


エロスは神だよ。神の側。

大魔王カーマは魔の側。
カーマは愛の神なので魔の側は神の側。
愛染明王(ラーガラジャ)は神の側。

魔はマーラ(リンガ)なのでシヴァ神シヴァ神は神なので神の側。
不動明王アバドン、バビロンは神の側。

魔の源の阿修羅・マズダはペルシャの神なので神の側。
アフラは神、マズダは知恵という意味だと言われている。


幻聴「無駄な抵抗」
悪魔ってのは魔の側なので神の側。

戦いは起こらない。悪魔も神も天使も、みな神の側の仕事をしているだけだ。
幻聴「なるほどー…繰り返し)」

(力と書いてあるけど、シェマアの祈りのヘブライ語原文では、

シェマア イスラエル
イェハヴァー エロヘーヌ イェハヴァー エハッド
神々の存在は唯一の存在
ヴェ アハヴタ エット イェハヴァー・エロヘーハ
それで あなたは愛せ イェハヴァー・エロヒーム(神々の存在、神々の命)を
ベホル レヴァヴェハー あなたの心のすべてで
ウヴホル ナフシェハー またあなたの魂のすべてで
ウヴホル メオデーハ またあなたの甚だ(非常)のすべてで。

と書いてあり、
メオデーハのMOD(メム、アレフダレット)は神の力のGBRでもないので、

力のすべてでと書いてあっても、ガブリエルは関係ない「力」。)


ヘブライ語原文は「主」ではないんだよね。
神々の存在(神々の命)を愛せよ
と書いてある。
主(キュリオス)男性形の1、エイスとは書いてない。
イェハヴァー・エロヒームは固有名詞なので、
男性形女性形の表記はどこの資料も避けているので、
男性なのか女性なのかは書いてない。
しかしイェハヴァーが聖別される前のハヴァー(エヴァとは少しスペルが異なるが、付け足された可能性あり。)であるなら、
イェハヴァー・エロヒームは神々の命(エヴァ)である。
エヴァがすべての命あるものの母であるなら、神々を産んだのもエヴァなのだ。
もしくは神々は「命がない」。

エロヒームの単数形エルは「神」「呪い」という意味なので、
エロヒームは「神々」「呪い達」という意味。

神々の命を愛せばいいのであれば、
神々(エロヒーム。「呪い達」。)を
殺すのは、
また消すのは、
よろしくないという事になる。
呪いから解放されるには呪いを解除するしかないのだ。
呪いそのものが消せないなら、呪いを除き去るしかない。いつやって来るかわからない神々を。
アニミズムだとどこもかしこも神々だ。


話を戻すと、
ヘブライ語の「愛する」は、アガペーとは異なり、日本語の愛と似たような意味なので、異性愛も同性愛も幼女愛も熟女愛も偏愛も博愛も恋愛も友愛も性愛も聖愛も隣人愛もあらゆる愛も、何もかも愛なら含まれる意味だ。
しかしイェハヴァー・エロヒーム限定なら偏愛とも言えるだろう。

キリスト教の教理で問題なのは「隣人愛」だ。
私もこれに苦しんでいる。
傍にいるひとなら誰にでもときめいてしまうのだ。

容姿が好みじゃないとか、好みのタイプとか、
性格が好みじゃないとか、性格が好ましいとか、
表情が気に入らないとか、表情がいいとか、
同性だとか、異性だとか、中性だとか、
既婚だとか、未婚だとか、バツついてるとか、
彼女持ちだとか、彼氏持ちだとか、
赤児だとか、幼年だとか、中年だとか、壮年だとか、老年だとか、結婚適齢期だとか、

全く考慮されず、目に入るだけで、傍にいるだけで惹かれてしまう。

心の中はしっちゃかめっちゃかだよ。
配偶者や恋人に一途でいたいのに。本気で。

ほんと、精神抵抗に疲れ切って、もう惹かれようが、惹かれの気が勝手に飛ぼうが、放ったらかし。
放ったらかしだと薄まって何も起こらないしね。

流石に「隣人愛」だと、
他の生物には惹かれないらしく、以前よりかわいい動物に惹かれなくなった。
猫にも犬にも、愛らしいという感情は無く、何かしてあげられる事はないかという冷静な方向にしか心が行かない。
動物にも海洋生物にも虫にも植物にも惹かれないし、
「人」でないといけないらしい。
つまり「人でなし」には惹かれないという事か?

人として正常なのか異常なのか?

神々の命が人間のエヴァなら問題ないかもだが、エヴァは人間(アダム)とは別の個体だろうか?
人間のエヴァではなく、神々のエヴァを愛せよであるなら、

旧約聖書は神々のエヴァ
新約聖書はkurios(キュリオス)つまりエイス(1の男性形)を

と分けるよりは、キリストの説明に使われた原文は旧約聖書申命記の6章のシェマアの祈りなので、

父なる神とイエス
バプテスマ(洗礼)で、
エン(1の中性形)で、
父と言いながらも中性で、
エクレシア(女性形)で、ソーマ(中性形)で、ぶどうの木で、ブレッドで、
厠(トイレ)に落ちるだけ(身体の外に出て行くだけ)のもの。


愛する対象
キュリオス(主)(屠られたような小羊)は
エイス(1の男性形)で、
これがイェハヴァー・エロヒーム(神々のエヴァ。神々の牝。)なので、
男性形と言いながらも最初の女性。
エロス(キューピッド)。


これを愛するしかないのだが、
カルディア(心)のすべてで、
プシュケー(魂、息)のすべてで、
イスクス(力)のすべてで、
ディアノイア(知力)のすべてで、
愛する対象。

「魂がエロスを求めている」とか?

キューピーハーフは
キューピーちゃんを真っ二つに斬る事だろうか?
とか思ってたのはまずいのだろうか?


では「隣人」はどうなる?

大問題だ。

愛する相手が神々の命(神々の存在)であるなら、人間を愛していいのだろうか?隣人をあいしていいのだろうか?

隣人 の定義が問題。

隣人
となり近所に住む人。
となりに住む人。となり近所の人。また、自分のまわりにいる人。
明鏡
となり近所の人。また、身近にいる人。
新明解
隣近所に住んでいる何らかのかかわりあいのある人。
G和英
近所の人(聖書の隣人はこっち)
neighbor
neighbour
隣の人
next-door
隣人 nachbar

隣人訴訟とかの隣人も、「近所の」

隣人愛
キリスト教で、神の子たるべき同類の者への愛。
身近な人々への愛情。

「隣人つまりご近所さん」が「神々の存在」であればそのひとは問題ないけど。

流石にエルサレム岩のドームのご近所さんは数少ないし、
アーク(聖柩)がどこにあるのかはわからんし、
雲の柱とか竜巻だったとしても常に無いし。

ご近所さんである隣人は、
「ご近所に住んでる人」って事だから、
行った先々(例えば勤務先とか)で出会った人々は
隣人ではない。

「自分の住んでる家のご近所に住んでる人」

が隣人。
を、
愛するのが隣人愛。

ご近所にエロス住んでるかな?
ご近所に雌くらい住んでるよね?
問題はご近所に神々の雌が住んでるかどうか。
エロスは天使なのか赤ちゃんなのか雌なのか。

目にするひと誰でも惹かれるのはキューピッドの悪戯か制裁だと思う。
心でどんなに逆らっても、惹かれた瞬間の屈辱感は惹かれた対象を死神の鎌で斬りつける事でしか今はまだ拭えない。

キューピッド(エロス)ってそんな感じだったね。

心で逆らおうとしているときにはすでに惹かれた瞬間があったあとの状態で、
好みじゃないとはっきり気付いているのに、
気が惹かれているという屈辱感があっても、
心で逆らう事が出来ない事に気付いていながらキューピッド(エロス)は無情に矢を放つ。

つまりエロスの方は、自分以外であれば誰に惹かれさせてもとでも思っているのだろうか?

エロス(キューピッド)が惹かれた私のプシュケー(魂、息)が、私が目にした誰彼を構わず好きになっている、惹かれているのにね?

私はそういう倫理観のない言動が好きではないのだ。

私は出来れば配偶者や恋人に一途でいたい。

私は誰にでも好感は持たれたいとは思うけど、
私は全然プレイボーイではなくて、
私が争い事やいざこざや戦いや闘いや勝負に巻き込まれない為の好感なのだ。


むしろ結婚の女神であるヘラがクピド(キューピッド)をコントロール出来た方がいいのだ。

出来なかったからゼウスが不倫ばっかりしたのだ。

クピド(キューピッド。エロス)がこんなにも毎日自虐な事(プシュケーの想いを誰彼なくに飛ばしている事)をしている事に私は腹を立てていたのに、全然わかってくれなかったね。

エロスが男性なら男性の私の想いを受け止められない事ぐらいは気付くよ。
私も出来ればあげたくない。
でもキリスト教の教理上、
「プシュケー(魂、息)のすべてで愛する」という事になると、
愛する対象の問題で、
エロスは避けて通れない問題になってくるのだ。

男性用、女性用それぞれの教理があればこんなに性的マイノリティーが増えたりしなかっただろうのに。

エロスは自虐をやめてくれるだろうか?

触らせない為には当たり判定があってはならないのだ。
男性に対して強く何かを感じるような事があれば、プシュケーがその男性に強く何かを感じているという事で、
エロスにとっては不愉快な事なのだ。
自分を差し置いて気にしているのだから。
誰の魂でも、誰の息でもだ。

男性が男性に興味が無くなるのは性的マイノリティの一部にはつらいかもだが、少子高齢化には問題ない。
女性も男性に興味が無くなれば、それはそれでエロスの危機だ。

男性に興味がない女性に、男性による強姦とかの構図という事になる。
もしくは愛のないセックスとか。

多くの作品群が暗い作品が多いのは、
愛の無いエロス(愛の神)とかいう意味わからん
のでないと立たないひととか、
攻めや裏切りでないと表現出来ない、立たないひととか、
復讐だと称して実は自虐である事に気付いてないとか、
色々理由はあるだろうけど、
気持ちのいいもんじゃないよね。


私は俊作なので名前に人偏が2つあり、
示申(神。申し示す)の字とは異なる。
申(さる)の、
申すというのは目上へ告げる事で、
人が神に申し上げるのか、
人に神が申し上げるのか、

↑(申す)
なのか、

↑(申す)
なのか。

漢字の意味を見てどう思ったでしょうか?
神という字について。

私は
幻聴や神に特化したユダヤ教キリスト教イスラム教とは、
性質が異なる。

私は目の継承者なので視覚的要素がかなり重要で、
名前から考えると「人」がかなり重要。
幻聴などの「音声」では属性が異なる。
幻聴を私に持ってくるのは筋違いなのだ。
根本から間違ってる。

しかし私の目の手相でのマリアの名前は聖母の名前でもあるので、
聖は耳口王からなるので聴覚的王。
そもそも乙女マリアに起こった受胎告知の奇跡が聴覚的奇跡。
私が聖母であるなら、私に幻聴が聞こえる理由にもなっているかも。
しかし新約聖書に「聖母」という記述はあるだろうか?
saintの記述はフィリポ4章21節の「聖徒」しか無く、
holyの記述を見ても「聖母」の記述は検索に引っかからない。
新約聖書正典に"聖母"という記述が無いのに、
カソリックが聖母を信仰してるじゃないか、と聖母を信仰するのだろうか?
「聖なる」はだいたいholyの語が使われていて、
だいたいが聖徒、聖なる預言者、聖なる都、聖なる行い、聖い(きよい)などなどだ。

エル(el)の妻がバアラト(アシラト、アッラート、阿修羅の事。聖母。)(息子がバアル、つまりアシェル、天秤座、レアの女奴隷ジルパの第2子、オリーブの木)であるなら、

エロヒーム(エルの複数形)の命を愛するなら、
「聖母(アシラト。アッラート。アシェラ。阿修羅)を愛する」
という意味になるかもだが、
イェハヴァー・エロヒームは天の女王アシェラ(阿修羅・マズダ)を愛したり信仰したりするのを憎んでいる記述が旧約聖書の中に見られる。
天の女王だけど阿修羅は非天(ア・シュラなので)。
海の神の海龍水天でもある阿修羅・マズダなので、海(ケテル)に居るので天(ホクマ、コクマ)には居ない。

アシェラの記述のときにはたいてい
アシェラ像
と書かれていて、アシェラの偶像を憎んでいる様子だ。
エレミヤ記ではエジプトのユダヤ人に、天の女王(天后、ヘヴンのクイーン)に捧げものを捧げる事に怒っている。

wikiではエルではなく、イル(il)という発音であるような説明になっている。


性愛エロスについて
性愛も動物である人間には大自然の法則のひとつ。人間のプログラムに原点から組み込まれているのだ。自分の愛にあらがう事など、神にも不可能なのだ。一時的に押し殺す事は出来るだろうけど。
心に嘘をつく事になってしまう。
心のすべてでもアガペーしないといけない相手が性愛なら、私の日頃の言動は間違ってないんじゃない?
童貞だけど。そっちの相手が今いないから。
「そうです」


幻聴「終わりました(オート繰り返し)」
終わりである方は鳥の餌だ。終わりはこわくないよ。
ヨハネの黙示録(啓示)19:11~19:18、22:13~22:16、
ヨハネによる福音書はじめ~。

幻聴「終わりました(オート繰り返し)」
悪魔についてか?

汝の敵を愛せよ。
~の全てで汝の神、主を愛せよ。

この2つを分析してみろ。
神である主=敵。
キリスト教徒にとって敵って何?
幻聴「無駄な抵抗(繰り返し。音量小さい)」

敵を愛せよなんでしょ?
主を愛せよなんでしょ?
主が性愛なんでしょ?

大騒ぎしてるみたいだけど薬飲む前から音量かなり小さいぞ。
誰かが音量下げてくれているのかも。

幻聴「無駄な抵抗(繰り返し)」
言っとくけど、主=エロス説は全部疑問形だ。
幻聴「無駄な抵抗(繰り返し)」
私は事実を言ってるだけだ。

はあ~ん…。この文章が困るから大騒ぎしてるんだな?じゃあもっと困ってろ。

神の側で決着がついたって言いたいのか?
幻聴「ちょっと待ってくれよ!」
「ちょっと待ちなさい」
幻聴「ちょっと待ちなさい(繰り返し)」
ほれ、男の声だ。
ちょっと…、
待ってやったぞ。
クレヨンしんちゃんの四つの願いのネタだ。

幻聴「かあさんにゆーたって…」
まだかあさんやおかあさんやお母さんや御母さんやかあちゃんや母ちゃんがよりどころだと思ってるらしい。
アホちゃうか?

幻聴「…無駄な抵抗…」
お前らがか?
幻聴「そうだったんですね」
駄目なのは私だからお前らは目にはなれないよ。「そうです」幻聴「そうですね」
私は自分が目であると認めた訳ではない。幻聴「そうです」
見えてないし。幻聴「そうですね」幻聴「そうです」幻聴「そうです」幻聴「ふんだ」
お前らは全てであると思っている。幻聴「そうですね」
邪眼のような手相があっても、何も見えてないんだよねー。幻聴「そうですね」

エロスのプシュケーへのデコチューについては、絵画にはあるけど、
神話にデコチューしたというような事は書いてない。
幻聴「ちょっと待ってくれよ」
なのでもう結婚した私の元カノははじめから私のプシュケーではない。(断定)
幻聴「ちょっと待ってくれよ(繰り返し)」
困ってる困ってる。ふふふ。

幻聴「終わりました(繰り返し)」
終わって欲しいのはお前らの方だろ?ん?どうなんだ?
もう終わってるならせめたてる必要はないからだ。
神の側で決着がついたって言いたいんだろ?
幻聴「ちょっと待ちなさい繰り返し)」

幻聴「よくわかりました(繰り返し)」
翼と、ファティマと、同じ言語か?
翼(よく)は漢字日本語音読み、
ファティマはアラビア語
私の手は?
ファティマの手、マリアの手。
ファティマの夫は?
アリーだねぇ。
私の名前は?ファティマじゃない。マリアじゃない。
姓が東(訓読みで あずま)
名前が俊作(音読みで しゅんさく)
幻聴「よくわかりました(繰り返し)」
「ちーがーうっ♪」
幻聴「よくわかりました(オート繰り返し)」
アリーって「最高」っていう意味だ。
よく と一緒か?「ちがう」
幻聴「なんでもいいから(オート繰り返し)」
知性の無い言葉。

よく を死守したいみたいだけど、私のファイルには よく の資料が無いんだよね。「そうです」「そうです」
無いなぁ…。ははは…。
ここに無いという事は…。もう無いなぁ…。
幻聴「ちょっと待ってくれよ(繰り返し)ちょっと待ってほしい」

幻聴「なんべんゆーたって」
なん!べん!言おうが、お前らの言う意味は無い。言っている内容が無いと言ってるのではなく、値打ちが無い…かな?

幻聴「わかりました(繰り返し)」
よく はやめたのか。
幻聴「わかりました(繰り返し)いっがーー」
ぷっ、男の声のまま。
幻聴「ちょっと待ちなさいちょっと待ちなさい」
声がちゃう。
幻聴「ちょっと待ちなさいちょっと待ちなさい」
声がちゃう。
幻聴「ちょっと待ちなさいちょっと待ちなさい」
そういう声でもない。

幻聴「よくわかりました(繰り返し)よく(繰り返し)」
「ちっがーーーう」違うとよ。

相手がいないってのは今現在の事ね。
修正しといたよ。

困って大騒ぎしとるな。
でも音量が小さいからお前らがよくわからん。

誰が助けてくれたのかなぁ…?

幻聴「かあさんが…かあさんが…助けてくれた」
ああそ。
私のかあさんなら確かにやってくれそうだ。
しかし確証が無い。

幻聴「ちがうとちがうと(繰り返し)」
私がちがうのものとエッチした事か?
まあ身体的には童貞だけど。
幻聴「ちょっと待ちなさい(繰り返し)ちょっと待ちなさい(繰り返し。声が男の声に変わってきた。)」幻聴「ちょっと待ちなさい(繰り返し)(だんだん男の声に変わってきた。)」
回転数変えると女性の声も男性の声になるからな。
男性の声も女性の声に変えられる。

幻聴「なんべんゆーても」幻聴「ゆーても(だんだん早く繰り返し)」


幻聴「無駄な抵抗」
抵抗はオームだ。オームはオメガ。つまりイエスの事だ。鳥の餌の。

エス様が幻聴の 無駄な抵抗 のもの のせめを、すべて盾のように総受けしてくれる。

オメガが無駄だとイエス様を馬鹿にしているようでいて、
エス様はゆるしてくださるので、問題無し。
だいたい無駄とは馬が速やかである事なのだ。

エス様は馬が速やかなるオメガ(終わり)
と褒める事になるのだ。

神のロゴスだけあって、
すべての幻聴を抑える事が出来ている。
速やかに来る方だ。


もしヴィーナスやエロスが生殖を嫌悪する鉛の矢で傷ついてしまうと、全生物の生殖能力が枯れてしまう。生物の絶滅を意味する。


なんか私がイエス様を裏切ったように思ってるかもだけど、
エロス=イエスなら、イエス=主=エロスも可能だ。幻聴「なるほどー…」
しかしイエス様は1の中性形エンなので、
1の男性形エイスの主とは異なるとは思うけどね。