fatimariaの日記

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「痰が絡む現象について」の考察と、 今の段階の結論を書いた。

「痰が絡む現象について」の考察と、

今の段階の結論を書いた。

 

 

私が子供の頃から悩んで来た事の一部に、

「痰が絡む現象」

「周りのひとの痰が絡む現象」

があった。

 

 

心の中で無理するとき

(私には善性の本意の方が大事なので、「本意」とは別の「感情(信用出来ない物)」、を裏切るとき)

や、

人間関係や勤務内容や自分の信仰関係などで、

「失敗した!」と思うとき

にも起こる、

「喉に痰が詰まる現象」は、

喉に絡まる粘りが、

痰を吐き出しきる事

の他に、

ミントなどの口内や喉をスーッと息が通る、爽やかにするタブレットなどでも

一時的に解消される。

 

人間関係の煩いや

失敗や

喉に痰が詰まっていた事を

忘れている間は、

喉に痰が詰まらない。

 

この

私が「失敗した!」と思う事で、

まわりのひとも喉に痰が詰まり、

まわりのひとが「ンッッ ンンンッ!」と痰を剥がして痰を飲み込む現象は、

 

もしかすると私がいくつも絵に描いてきた

「精飲(精液を飲む行為)」

が関係するかもだ。

でも描いてきたのは二次元キャラ女性が精飲するシーンだけど、

現実の世界で痰が詰まって痰を剥がして痰を飲む音を発しているのは男性が多い様に思える。

 

は古代中国にもあった病気で、

病状がひどいと呼吸困難に陥る。

 

これは歌手や声優さんやアナウンサーやキャスターやナレーションなど、

声を使う職業のひとには致命的で、

私は出来ればこの病気も治すか、

もしくはそういう職業のひとには近づきたくなかった。

テレビやラジオなどに出ているひと達がどうやって喉のクリアさを維持しているのか気付きたいものだ。

 

この粘液質のネバネバした表現は、

いつからかジブリ作品群にも登場しやすくなった。

これは宮崎駿さんが漫画「風の谷のナウシカ」に登場させた「粘菌」や「ヒドラ」というキャラクターの属性なので、

のちのジブリ映画作品の得意技として、このネバネバした表現があるのだと思う。

 

粘膜と言うくらいで、

粘膜から分泌される体液にも粘液が多い。

これは害を及ぼす細菌などを絡めとって体内に害を及ぼさない様にしている為、

口や鼻や生殖器などを液体や粘液で守っている身体の防御機能。

 

つまり

「外部から害を及ぼされている」

と感じる為に

「痰が詰まる」

のだ。

私が「失敗した!」と思う事

が、何故

まわりのひとが

「外部から害を及ぼされている」

と身体が反応するのか?

というと、

 

多分「私の心の穏やかさ」が、

「まわりのひと達を守っている」

からで、

その私の結界が無くなったときに、

まわりのひとの身体が外部からの侵入に備えて、

粘液である痰を分泌するのだろうと、

私は考えている。

 

なので

私が攻撃されて私の心が歪んだり、

私が勤務や人間関係や会話などで「失敗した!」と思ったり

しなければ、

私は、「まわりの痰が絡みやすいひとも守れる」

のかもだ。

 

私は心の平穏を保つ為に、具体的に何をすればいいのだろう?

 

もうひとつ考えられる事があって、

私もそうなのだけど、

心にため込んだ「心の汚れや悩み」が上手く処理出来ていないと、

心を守る為に痰が分泌されている可能性があり、

花粉やハウスダストのアレルギーなどで過剰に鼻水が出る事や、

悲しみや嬉しさで涙が溢れる事

と似ていて、

「心の汚れや悩み」は、自分で気がついてない問題をかかえている事もあり、

全部処理するのはなかなか難しいが、

何でもかかえている問題を処理して解決するのはいい事だと思う。

処理出来ていなかった問題も、時間が経つと結果的に解決してくれるものもあれば、時間経過でひどくなる問題もある。

 

たとえば(たとえ だよ。)

治療が痛そうでこわいから歯医者行くのが不快なひとが、

虫歯が痛いのを放置していると、

更にひどく痛くなって生活の様々で支障をきたす事があるとする、

その場合、虫歯がひどく痛くなるより前に、

虫歯の痛みよりマシな、虫歯の治療をさっさとやっておけば、

その事による生活の支障もなく、

痛いのにこわくて行けない情けなさなど、

まるで罪悪感の様な思いで

悶々とする期間もなく、

クリアで快適な生活を過ごす期間の方が長い。