fatimariaの日記

誰からもコメント無いのでコメント停止しました。連絡はメールで。

障害者だって生きていていいんだよ。

職場でも入り口にアルコールとウェットティッシュ

基本は手洗いとマスクだという事だけど、



「マスクで眼鏡が曇らない方法」

NHKスマホアプリに載っていた。

ティッシュを1枚、折って、マスクの内側に置いてマスクをする。


鼻と口と、マスクの上の隙間と、の間に、

ティッシュが来る様に置く。


着けているとティッシュがクシャクシャになってくるので、

ティッシュを変えるか、固定しておけば、その日はもつ。


少しだけ息苦しいが、それ程でもない。


実際眼鏡が曇りにくかった。


マスクの半分に折り方とか、鼻口からの息の通り道を意識して工夫した。

ティッシュの位置によっても曇り方が異なるので、いろいろ自分にいい方法を見つけてください。


あとは、マスクによっては

鼻の、目と目の間くらいまでマスクの上の部分が来るのがある。

そういうマスクでしっかりした素材のは、

マスクの上に、眼鏡のレンズ部分のフレームを置く感じにすると、マスク息でも眼鏡が曇りにくい。


もうひとつ、

鼻に乗せる位置を少し下げ、少し下向きに眼鏡をズラすと、マスク息でも眼鏡が曇りにくい。



入り口で買い物カゴとカートをウェットティッシュで拭いているひとをよく見かける。

入り口でアルコールで手を拭くひともよく見かける。


若い夫婦とか彼氏彼女とかは入り口を素通りする事が多い。

高齢者と持病(肺、心臓などの疾患、糖尿病など)のあるひとが危ないらしいので、

若い夫婦は無関心なのかも。

10〜40代は、0.2%〜0.4%だもんね。

80代は14%って、

隣の爺ちゃん(90歳前後)も「こわいわな。」って、自分の心配していた。



とりあえず、私は心配無さそうなので、

実際すべきなのは手洗いぐらいなので、

象徴によってひとびとに迷惑がかからないように、

術後うどんは消化によくていいのだけど、


きつねうどんを食べない為に、

「油揚げ」を食べるの止めている。

油揚げは狐(王冠)が喜ぶ食べ物だからだ。


あと、肉まん(とゆーか豚まん)食べようかな?と思ったときに、

アニメやゲームの「kanon」の子狐の真琴を思い出して、

私「肉まんは今はあかんな…。」

とか思った。


そのあと、

幻聴「東君は狐が可哀想とか思ってるんでしょ。」

私「うん…まあ…。」

幻聴「東君はどーしてどーしてそう優し過ぎるんですか?もっとしっかりして下さいよ東君は自分の事だけじゃないんですよ」


私の場合、兎は狐に襲われて食べられてしまうおそれがある。


私の場合はfoxというより、vixenが問題。

妲己尼が問題なので。

アニメ「かのこん」の玉藻前のデータはだいぶ前に消してしまっているので問題無いかも。

愛子様の場合はfoxでも問題だ。

注意深く避けないといけないと思う。

人間とかの狐もね。


でも廃王国が傾国について何か注意が必要なのだろうか?

わからんけど。

まあとりあえず狐とか王冠の象徴につまずいたら避ける様に気をつけている。


でも全然関係なく

狐の毒はある程度拡がっている。


私の為に、してくれている事なら私は嬉しいけど、

それによって苦しんでるひとや亡くなったひとがいるなら、

私はやっぱり嬉しいだけの気持ちにはなれない。

私の事を想ってくれるなら、

もっと私が嬉しいだけの気持ちになれる方法を優先してほしい。




クローズアップ現代+

植松被告と

心失者の事についての事をやってる。

私はコミュニケーションがとれるとは思うけど、

精神障害者ではあるので、他にん事ではない。


ぬいぐるみでもコミュニケーションをとれれば

とか聞いたけど、


たとえば、ペットが大切な家族というひとがいて、ペットがどんな役に立っているかってのを、思うんだよね。


自分の子供とかはペットではないけど、

テレビで聞いた、

障害者のその役割は、優しい気持ちになるとか、この子がいるから元気になれるとか。

そんな感じの言葉を聞いた。


「被告は悪い部分しか見ていない。」


番組では、障害者なのかな?

「役に立つとか立たないとか、そういう考え方はよくないかなと。いるだけでいい。そういう考え方って出来ないのかな?」

そう思う。

私も、

人間や、大事な存在を、

利用価値とか、そんな視点で見たくない。


番組に出ていたひとの言葉

「あるがままを生きられる社会になってほしい」

「ささやかな営みを大事にするのもひとびとのあるべき姿なんじゃないの。」


多分被告は、

ひとびとにとって何が幸福かってのが、見えてない、あるいは偏った見方しか出来てない。


私も自分勝手にブログに書き込んでひとを不快にしているかもだ。

でも、私は、

相手を幸福にしたいとか、

相手を幸せにしたいとか、

いう思いが暴走するあまりに、

こういった行動に出てしまう。

自分の妻や自分の子供を溺愛したいと思う気持ちが、抑えられなくなって、

でも対象が見当たらなくて、

それでこんな事してしまうのだ。


猫のよーこちゃん飼ってたときも、

もっと〜出来たら〜してあげられるのに。

とか、

同じ部屋に住んでるから、

寝ても覚めても音がしたら

「よこちゃんか(笑)?」

寝てたら寝顔眺めて、

起きて向こう向いてたら頭の上に私の顎を乗せてスリスリしたり。顔で顔をスリスリしたり。

猫は何の役にも立たないって思うひともいるかもだけど、

猫とか犬とか飼ってたら、心疾患のリスクがかなり下がるらしいし。


愛する自分の子供や自分の妻なら尚更の事、優しい気持ちが溢れると思う。


それが役に立たない訳がない。


飛躍したたとえだと、

彫刻とか、鋳造とか、フィギュアとか、絵とか、偶像とか、像とかを、

無価値とか、無益とか、無意味とか、ベリアルとか、言うのかもだけど、

彫刻とか、鋳造とか、フィギュアとか絵とか偶像とか像とかを、何故お金出して飾るの?


見て楽しむからでしょ?

その幸福な時間は、無駄とか、無価値とか、無益とか、無意味だろうか?

そんな訳無いでしょ。


家族だって、ペットだって、美術品だって、骨董品だって、他いろいろ、

思い入れがあるから、大事だから、

そこに居るから、嬉しいのであって、

その気持ちは、無駄や無価値や無益や無意味などではないんだよ。



植松被告は、

自分が障害者になったときに惨めさに気付くんだと思う。


とうさんは病前は仕事熱心だったので、

とうさん「働かざるもの食うべからずや。」

私「それ言ってて自分が働けなくなったときどうするの? たとえば、とうさんが寝たきりになったとき、働かざるもの食うべからずって言ってたら誰が食べさせてくれるの?」

とうさん「寝たきり…。」


そのときは自分が脳梗塞で半身麻痺する事など知らなかったのだろう。


とうさんは今、食べても食べてもお腹が空いて食べ物をくれるように言う。

まるで空腹の呪いにでもかかったかの様に。


そういう事なんだよ。

この世界は、

今の状態が永遠に続く世界ではないから、

自分の状態がいつどうなるかはわからない。

もしかのときの為に

どういう準備をしているのか、

どういう対応をとったのか、

それらは多分その後の未来に関わってくる。