fatimariaの日記

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幻聴は、我々ではなく、言っている幻聴自身の心の中の幻聴自身に話したり呟いたりしている。

重要:
 
幻聴が言っている事柄 ってのは、
「幻聴が、言っている幻聴自身に言っている事」
なのだ。
「そうです」
 
どうしても我々に言って来ているように聞こえる場合は、こう考えたらいいだろう。
 
「幻聴は、言っている幻聴自身の心の中の幻聴自身と会話している。」
と。
 
「我々人(人間)は関係ない」のだ。
「我々人(人間)に言っているわけではない」のだ。
 
 
幻聴としゃべっている者は、端から見ると、「私に言ってるの?」トカ、勘違いしたりしていたが、
実はその者は、私ではなく、幻聴と一生懸命しゃべっていたりした。
 
「幻聴は、我々ではなく、言っている幻聴自身の心の中の幻聴自身に話したり呟いたりしている。」 
 
我々人(人間)の動きにあわせてしゃべっているように聞こえる事もあったが、
それは我々の言動によって、横の統合失調症患者の思考が動く現象があるのと同じようなものだ。
我々はその横の統合失調症患者を意識して言動していないにもかかわらずだ。 
 
 
幻聴が我々と会話しているように聞こえているひとは間違っている。
 
 
「幻聴は、言っている幻聴自身に言い聞かせている」のだ。
悪口も、憎しみも、優越も、ひき止めも、呼びかけも。
 
 
我々の考えた、考えない、事など、本当は関係なく。
 
 
我々に、呼びかけたり、訴えたりしているのではなく。
 
 
受け止めようとするから、傷つくのだ。
「幻聴は、言っている幻聴自身に言い聞かせている」のだ。「そうです そうです」
 
これを記憶に深く刻んでおこう。いつも思い出そう。
 
 
たとえば、「生意気ゆーても」とか、「やめた方がいい」とか、「偉そうにゆーなよ」とか、
「言っている幻聴自身に言っている」のだ。
幻聴には虚言癖もある。「そうです」
 
「惜しかったね」とか、
「惜しかったな」とか、
「在り難う御座いました」とか、
「あ、そーだったんですね」とか、
「ああそうですか」とか、
 
「言っている幻聴自身の心の中の言葉」に、相槌を打ったり、呼びかけたりしている感じだ。
 
我々は関係ないのだ。
 
 
心がこもってない幻聴の声も、気にする事はない。
当名は、そんなに気にして幻聴自身に言ってないから。 
何も考えずに心に浮かんだ言葉をそのまま呟いているときのような感じだ。
そんなとき、言っている当名はまわりが聞いているかどうかなど気にしてない。
なので我々の方も気にしないでいいのだ。
言っている幻聴自身に言い聞かせている事だから。 
 
我々には、たまたまその「独り言」が聞こえてしまっただけなのだ。
 
我々の言動に反応して言っているように聞こえているひとは、間違っている。
「幻聴は、幻聴自身に言い聞かせている」のだ。それを思い出そう。
 
 
「堪えと聞いても(繰り返し)」
誰かから幻聴が聞いたのだ。
「無駄な抵抗(繰り返し)」ね?幻聴自身の、無駄な抵抗(終わり) を求めている。「そうです」
ソーマ(終わり)は口から入ったらかわや(男性形)に落ちるものだ。
 
「なん回ゆーても惜しかったね(繰り返し)遅かった」
ね?幻聴自身に言い聞かせている。「そうです」
「そうです(繰り返し)」
 
 
同意を求める「ような」言い方、呼びかけるような言い方、をする幻聴は、
「幻聴自身に言い聞かせている」のだ。
幻聴には虚言癖もある。
 
「むっだな抵抗(繰り返し)」ね?必死に幻聴自身の 無駄な抵抗(終わり) を、幻聴自身に言い聞かせている。
「ああ惜しかった(繰り返し)ああ惜しかったなー(繰り返し)惜しかったね」
ね?幻聴自身の惜しかった思い出を、「思い出して、言っている幻聴自身に言い聞かせている」。
 
 
歌が聞こえてきた。
歌を、我々は思い出しているだけで、歌詞の内容にいちいちとらわれて思い出していない。
さっき聞いた歌が繰り返し頭の中で流れたりする事もあった。「そうです」
そのとき、頭の中に流れている理由は、「さっき聞いたから」だ。
歌をそんな風に思い出しているのだ。
 
歌が幻聴だと思うなら、歌も、歌っている幻聴自身に歌っている。
幻聴には虚言癖もあるし、
歌は歌なので、その内容は関係ない。
我々も、歌詞の内容をいちいち精査して歌ったりしない。
 
 
「無っ駄な抵抗(繰り返し)」
ステージのアイドルとかの名前を繰り返しコールしているような感じのときもある。
アイドル(偶像)は我々がどんなに訴えようと、コールしようと、ファン1名個人に特別な感情など無い。
「カルヴァリー(キリスト像)そのもの(偶像)」は何もしてくれないのに、熱烈に呼びかけるのだ。
 
熱烈に、または気軽に、
幻聴は、言っている幻聴自身に言い聞かせている。
 
 
そもそも幻聴は、「幻(まぼろし)」なので、虚言なのだ。
 
でも人を欺くために言っているように聞こえていても、
「幻聴は、言っている幻聴自身に言い聞かせている」のだ。
それについて確証が無くても、言っている幻聴自身に、言い聞かせているのだ。