fatimariaの日記

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ニケの疑問。と、聖霊にゆるさない権限があるかどうか。

ニケ「何故私の子は男の子が産まれないんでしょうね?」
ヤルダバオスの息子サバオスは、
父のヤルダバオス(「こちらに来なさい(来てください)(来て~♥)」の意味。ピスティス・ソフィアがヤルダバオスに言った言葉をそのまま名前にした。)を、
追いやるからじゃないかな?
私が「死」や「涙」や「悲しみ」などを産むのを事前に止めているんだ。君は。
私は嫉妬深いからね。
ニケ「そうなんですね…。……来て…。」
はいはい。
 
どちらにしろグノーシス派はキリスト教が生まれてから派生した一派だ。その解釈はひねくれてうらみがましい。
多分幻聴を苦にしていたのに、聖霊をどうにもできなかったのが苦しかったのだろう。
文字づらだけを読んでいるからそういう事になるんだ。
キリストが言った真意とキリストの内面の感情の変化して行く様を汲み取らなければ、神を憎んでも仕方ない。
 
幻聴は聖霊によるものではなく、「ディアボロスの技」である事を知らないから新約聖書にしても聖霊の扱いを間違うんだ。
(しかし、下記参照)
 
ディアボロスを罪だとか善悪の悪だとか思っているものは罪に定めている。無原罪のものは罪に定めたりしない。「決まったね」無原罪のものはだまされやすいけどね。
 
まあ「幻聴を聖霊の技にしたかった」というのは「キリストの考え」だろうけどね。
キリストと父なる神であるゆるしの塊、enが、「救いたかった。ゆるしたかった。」からだ。
つまりキリストは、「ゆるしの技を独占したかった」 というのが本音だ。
 
つまり「enの中に居るもの」に幻聴や中傷が聞こえるなら、
「キリストは嘘つきである」つまり「聖霊に永遠にゆるさない権限は無い」と考えなくてはいけなくなる。
わかった?
幻聴が聖霊やキリストの権限に於いて言っているつもりならそれは改めなければならないだろう。
 
重要:
キリストや父なる神に、不正であっても「ゆるす権限が無い」ならば、
聖霊にも「ゆるさない権限が無い」「責める権限が無い」。
 
「キリストが嘘つき」とされるからだ。
 
「ゆるそう」と言ったのはキリストの言葉だ。
聖霊を汚す言葉はいつまでもゆるされる事がない」
聖霊に言い逆らうものはいつまでもゆるされる事がない」
と言ったのは「キリストの言葉」だ。
では、そのキリストが「嘘つき」であったなら?
きちっと考えてみよう。
 
仮庵祭の日、
キリスト「私は祭りには行かない!」
祭りに行って癒していたのは誰か?
 
最後の晩餐の席で、
キリスト「葡萄で生成されたものを一切飲まない!」
ヨハネ福音書磔刑されているとき、葡萄の酢(ワインビネガー)を受けていた(飲み込んでいた)のは誰なのか?
キリストが昇天してからの事か?
 
キリストが「嘘つき」であるかどうか、きちんと読んでみよう。
 
 
「キリストが嘘つき」であるなら、聖霊はゆるしてくれる者であり、聖霊は責める権限の無い者である。
新約聖書自体が疑わしい。
なにしろキリスト教徒が言う、神であるプル(火)自体が不正のコスモス(世界)なのだから。
 
 
聖霊や天使を敵や憎むべきものとするのは間違いである。
別に苦になる存在ではない。
 
 
どちらにしろ、聖霊や、ディアボロスや、幻聴は、「今まで人間達を責め立てた事柄すべて」を、遵守しなければならない。すすめた事柄ではない、「今まで人間達を責め立てた事柄すべて」だ。
裁くものは常に裁かれている。
自分で守れない事柄について責め立てる事はできない。責め立てても効果はない。
 
なので、なんべんゆーても とか、なん回ゆーても とか、生意気ゆーても とかいう事になるのである。
責め立てる前に自分の行いを改めろ。
お前ら幻聴の過去を変えられると思うか?
私にお前ら幻聴を救えると思うか?
お前ら幻聴の記憶に刻まれた、お前ら幻聴が罪だと思う項目をあげてみなさい。
我々を責め立てる前に、我々を責め立てる項目を全部、お前ら幻聴にまず当てはめてみればいい。
我々を責め立てる事は、お前ら幻聴が自らを罪に定める事である。
責め立ててみるのか?
ふん!ひとつひとつ自らに縛られて行くがいい。
 
 
重要:
幻聴が「どのような行いをしている」つもりで、我々を責め立てているか、正しい心で考えてみたらいい。
明らかに不正で不正を責めたてていないか?
不正が不正を責め立てていて幻聴が立ち行くわけない。
裁判官が不正を行えば裁く職を解雇される。
裁判官は常に自分を律しているから裁判官でいられるのである。
何度も頼むから という理由で不正を行った時点で裁判官(リヒター)は転落していく。
 
幻聴に苦しんでいるみんなは、もっと考えてみたらいい。
「自分の方が正しい道を歩んでいるのではないか?」と。 「そうです! そうです!(若い女性の声)」
「私はここまで性格が不良ではない。」と。
自信を持てばいい。
 
私は万軍もこわくない。世界に性愛(金星)があるからだ。
私は万魔もこわくない。世界に男根が1万ぐらいあるのは当たり前だ。
しかし、
だいたい万魔は万魔殿から一切、1名だって出られないのである。
出られたら万魔殿(パン・デーモニウム。パンは「すべて」の意味)とは言わない。
多くの作品制作者達は何か勘違いしている。
悪魔が1名だって万魔殿(パン・デーモニウム)の外に出られるはず無いのだ。
誰が発明したかは知らないが、
随分昔に、「悪魔達のすべて」が、捕縛され、拘束され、監禁されているのである。出られない。
みんな、気付け。
 
 
私は、
純粋悪の、ゆるす不正であるサタンであるデウス(天主。木星)でありながら、
正しい心と知恵を持つ阿修羅マズダ(非天。海王星。賢い知恵。ソフィア。)なのだ。
 
 
「万魔殿がどこにあるか」についていろいろ説があるが、
 
 
「そこは黒じゃない。」について。
 
旧約聖書の「コレヘト(伝道者)の言葉」には、死んだものはみな「シェオル」に行くと書いてある。
「シェオル」とは、イスラエル初代王「サウル」と同語根で、「黒、墓、陰府」とかいう意味だ。
そこでは何も感じる事は無い。と書いてある。痛みも、悲しみも、苦しみも、悩みも。
もし心や身体に、少しでも、痛みや、苦しみや、悲しみや、悩み、を感じていたら、そこはシェオルではない。
シェオルはとてもつまらないところだが、つまらないと感じる事もないだろう。
 
地の下にあるのが黄泉なので、ハデスは「ディース・パテール」と呼ばれたりする、と、ある本には書いてある。ゴッドファーザーの事だ。
 
つまり私の心はシェオルではない。
私は幻聴の声を感じ、緊張を感じている。
今までの経験から、自然と幻聴の言う事に警戒しているのだ。
 
 
パソコンの激しい振動音と共に、幻聴の叫び声が聞こえる。
パソコンが振動するのを止めたら、幻聴の叫び声は止まる。
 
 
あとから出てこようが、はじめから居ようが、すべての神々の属性はYHWH・エロヒームに吸収されてしまう。
 
あとから出てこようが、はじめから居ようが、すべての悪魔はパン・デーモニウムに捕縛、拘束、監禁されてしまう。
 
どちらも食事も与えられず飼われているのである。
 
 
ファイナルファンタジー6に、幻獣の結晶である魔石から魔力だけを抽出するという事柄が描かれている。
スクウェアは「悪魔」という言葉を使わず、「幻獣」という便利な言葉をあみだした。
悪魔はパン・デモニウムから出られない事に気付いたのだろう。
幻聴も、万魔殿に居ないのであれば悪魔ではないのだ。悪魔の力はすべて万魔殿の中にある。
大魔王であるエロスは天使なのだ。悪魔じゃない。