fatimariaの日記

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運の種類。

今回の実験は、ユノの力をはかるだけでなく、「私が「運命」でありながら、幸福になれない理由」をはかるものでもある。
 
「運命」にも種類がいろいろある。
 
災害や事故にあったひとは「運命」を「悪いもの」「不運」あるいは「悲運」と考える。
宝くじが当ったったようなひとは「運命」を「いいもの」「幸運」と考える。
災害や事故から奇跡的に助かったようなひとは「運命」を「いいもの」「悪運」と考える。
 
私はどれなのかという事だ。
 
「東」である事から、「過去」であると考えられる。
「俊が作った者」である事から、「時あるいは未来によって作られた者」であると考えられる。
当然だ。過去は未来が移行し蓄積したものだ。
 
では、不運なのか悲運なのか幸運なのか悪運なのかというと、
「不運」とは「運ではない」という意味なのだ。「運命」は「不運ではない」。
 
残りの
悲運 自分が、悲しい、苦しい、惨めな、状況であるかどうかで気付く。
幸運 宝くじのお金など、求めていたものが手に入るかどうかで気付く。
悪運 災害や事件や事故を、ギリギリで避けているかどうかで気付く。
 
私は昔宝くじが当たってそのお金で新車を買った。
これは「幸運がある。」という事だ。
 
しかし私は浄土宗の法事に行くとき、その新車を半年で「玉突き事故で半壊させた」。
「ぶつかった相手がカタギではなく」、
「保険会社がすべて処理してくれた」。
「修理費は保険会社ととうさんが出した」。
「私の身体にも今異常は無い」。
いわゆる道路交通法違反事故だ。私はゴールド免許を失った。免許はまだ青い。
これは「悪運」が、あるのか、無いのか。
 
玉突き事故を起こしてしまったのは私のミスだ。そのせいでゴールド免許を失った。これは運が悪い。
ぶつかった相手がカタギではなく、トラブルになりそうだった。これは運が悪い。
保険会社がすべて処理してくれた。これは運がいい。
補償修理費用は保険会社ととうさんが出した。これは運がいい。
私の身体に異常は無い。これは運がいい。
 
「悪運は」、処理の段階ではなく、災害事故事件のあと、「被害が少なかった事を喜ぶ運」だ。
これは「悪運はある。」という事なのだ。
 
あと浄土宗の阿弥陀如来では私のステラ(車種名)を安全運転させてくれない事に気付いた。
何故なら阿弥陀(アミターバ)とは、バ(星の光)を、ミター(認識する)ア(否定。事ができなくなる)という意味で、
阿弥陀は、ステラ(星)の存在そのものを認識させなくする方角の「西という意味」なので相性が悪いのだ。
これは「悲運はある。」という事なのだ。
 
 
私には幸運も悲運も悪運も備わっている。
人間万事塞翁が馬」状態なのだ。 
 
 
今回の実験は、
私の「幸運」は健在か」という事と、「ヘラ(ユノ)の実力を見ておこう」というものだ。
女神レベルが高ければ当ててくれるかもだが、
 
当たったお金や当たったお金で買ったものも「千手千眼の一が無くなれば」一緒にすっからかんに無くなるだろうから、千手千眼の一が無くなるまでの私の生命の引き伸ばしの中継ぎといったところだろうか。
ズルズル伸ばされる結婚適齢期に終止符を打つまでの中継ぎ。
といったところだ。
 
つまり当たったお金は、光熱費やすぐ食べてしまう食料や消費してしまうガソリンや旅費や勉強費や塾費などには向いている。使ってしまってあとで返せない物の事だ。
コレクターには向かない。
ヘラの心情としては2名の愛の結晶としての記念品が何か欲しいかもだが、千手千眼が無くなったら、その記念品も売り払わないといけないかもだ。
 
幸運が無かった場合、ヘラ(ユノ)の実力のみで当たるか当たらないかが決まる。
幸運があった場合、「No10.運命の輪」は木性なので、木性のヘラ(ユノ)の実力を上乗せすれば当たる。
幸運があった場合、「No.10.運命の輪」は木性なので、ヘラ(ユノ)に実力が無かったらもしかしたら当たらない。
つまり、ヘラ(ユノ)の実力があれば当たるという事だ。
運気の性質として相性のいいはずの私「運命」に対して、えっちの他に何もしていない女神であるヘラの実力は、
「実験結果が明確に示してくれる」。
 
あとは
悲運、幸運、悪運の因果律の流れが、しわ寄せが行かないくらい正常に運行して、私のレベルは流れの中で今どれぐらい?というのを見る。
 
 
ヘラは私から見れば女性としては何も問題は無い。むしろ魅力的だ。
当名が悩んでいるのは実力に反して自信が無いからなのだ。
ヘラは私から見れば女神としては問題ありだ。物質界で結婚して無いのに結婚出産の女神を名乗っている。
当名は悩むべきなのに、嫉妬心が先行して悩もうとしない。
これでは健全な「結婚の女神」ではなく、不健康な「嫉妬の女神」になってしまう。